農家の右腕という新たな働き方
佐川友彦さん
グローバル企業から一転、ローカルな梨農家へ 宇都宮市で3代にわたり続く「阿部梨園」。そこで働く佐川友彦さん(下写真右)は、マネージャーとして経営改善から企画、PR、会計、事務、労務、システムまで、生産以外のすべての業務を担当している。 群馬県館林市出身の佐川さんは、東京大学農学部、同大学院を卒業後、外資系メーカーで研究職として、宇都宮市で2年間、茨城県つくば市で2年間働いてきた。そんな佐藤さんがグローバル企業から一転、ローカルで働くことを選んだのは、どんな理由からだろう? 「以前の仕事では、地元の方とかかわる機会がほとんどなくて。もっと自分が暮らす地域と深くかかわる仕事がしたい。また、事業全体を見渡す経験を積みたいと思い、転職を決意したんです」 実は、佐川さんは次の仕事が決まる前に、宇都宮へ戻ってきた。 「就職して最初に宇都宮で働いていたときに妻と結婚したのですが、その頃に今でも仲のいい友達が多くできて、ここが自分たちの居場所になっていたんです。また、宇都宮は栃木県の中心ということもあり、面白い企画の情報や魅力的な人たちが集まってくる。地方でありながらも、これからの自分の成長につながるような刺激が得られるところも、宇都宮を選んだ理由の一つです」 こうして宇都宮へ移り住み、ネットで仕事の情報を探していたとき、「NPO法人とちぎユースサポーターズネットワーク」が手がける、若者の力を活かして地域を元気にする実践型インターンシップの取り組みを知る。そのなかで、地域と深くかかわり、経営全体を経験できそうだと感じた、阿部梨園のプログラムに応募することに。 小さなことに忠実に向き合い、400を超える改善を実施 当初、阿部梨園のインターンシップで求められていたのは、イベントの企画といった新たな顧客や売上を生み出すことを目指した外部向けの取り組みだった。しかし、最初の数週間、阿部梨園の業務を体験するうちに、佐川さんは、それよりもまず取り組むべきことがあると感じたという。 「阿部梨園の梨は本当においしく、たくさんのお客様から愛されている一方で、経営や組織については多くの個人農家がそうであるように自己流で、至るところに改善点があると感じました。今後、阿部梨園が生き残っていくためには、まずは組織の内側を鍛えることが重要だと感じ、代表の阿部(下写真右)やとちぎユースサポーターズネットワークの岩井さん(下写真左)と話し合い、プログラムのテーマを『経営と組織の改善』に変えることになったんです」 そこで、事務所の掃除から始め、売上や顧客データの管理、スタッフの管理、業務の流れや販促物の見直しまで、インターンシップ期間中に70件の改善を実施。2015年1月に阿部梨園に入社してからも含めると、400件以上の改善に取り組んできた。 「改善といっても、多額の費用かけて大きな変化を起こすのではなく、『小さなことに忠実に向き合う』を大切に、できるところから少しずつ改善を重ねてきました。その結果、今ではスタッフのキャリアプランやコンプライアンスなどの分野にまで、取り組めるようになってきました」 こうした改善を実現できたのも、代表の阿部さんが信頼して任せてくれたからこそだと、佐川さんは考えている。 「これまでの経営や会計の内側をすべてオープンにしたうえで、改善点を指摘されることは、阿部にとって辛い部分もたくさんあったと思います。それでも阿部は、信頼してすべてをさらけ出してくれました。だからこそ、僕も結果を出さなければならないと、全力で改善に取り組んできました。インターンシップが終わった後、入社を決めたのは、阿部と一緒に仕事をしていきたいと思ったからなんです。その思いは、今も変わりません」 また、スタッフも労力や時間を割き、改善に積極的に取り組んでくれた。 「今ではようやく、当初のテーマだった新たな顧客や売上を生み出すためのチャレンジに、本腰を入れられる体制が整ったと感じています」 新たな客層にも、阿部梨園の梨を知ってもらうために 阿部梨園では、約20種類の梨を栽培。夏から秋の収穫シーズンには、事務所の前に販売スペースが設けられる。それに加えて、ウェブショップやFAXによる注文など、ほぼすべての梨を直接販売している。 「店頭に買いに来てくれるのは常連の方が多く、20年以上にわたり、毎年来てくださる方もいます。こうした常連さんを大切にしていく一方で、新たな客層にどうやって『阿部梨園の梨』を発信していくか、購入してもらえるようにしていくかについても、考えていかなければなりません」 そのための取り組みのひとつとして、本サイトでも紹介している下野市の「GELATERIA 伊澤いちご園」とコラボレーションして、阿部梨園の梨を使ったジェラートを商品化。「普段とは違うお客様にも、楽しんでもらえる商品が実現できた」と佐川さんは語る。 ここで培ったノウハウを、農業界に還元していきたい まさに“農家の右腕”として働く佐川さんだが、このような新たな働き方は、栃木でなければ実現できなかったと感じている。 「阿部やとちぎユースの岩井さんをはじめ、栃木ではさまざまな人が各地域で新しいチャレンジを続け、情報交換をしたり、コラボしたりと密に連携している。そんなみなさんのこれまでの活動があったからこそ、僕は今、“農家の右腕”という新たな仕事に取り組めているのだと思っています」 これまでは畑に出ることはなく、農家の右腕として現場を支えてきた佐川さんだが、今年からは少しずつ生産にも携わっていく予定だ。その目的は、現場チームと経営の融合。佐川さんが現場に加わることで、より連携した一枚岩のチームをつくり上げることができる。さらに、現場の実情や作業内容を把握することで、効果的な改善が可能になると考えている。 「阿部梨園だけでなく、多くの個人農家が同じような悩みを抱えています。これからは多くの個人農家が楽しく生き延びていくために、阿部梨園で培ったノウハウを農業界に還元していくことが目標です」