〝自分勝手〟に生きることが大事なんだ
「みんな、人のために生きすぎなんじゃないかな」
店主の関さんは、コーヒーを淹れながら、そう話す。
「カウンターのこっちに立つようになって思うのは、まずは自分自身が楽しく、家族が幸せに暮らしていないと、お客さんを笑顔にできないということ。間違っているかもしれないけど、今は〝自分勝手〟に生きることが大事なんだと思っています」
例えば、小学4年生の娘さんに、「仕事が終わったら、すぐに帰ってきてね!」と言われたとしても、お店の片付けが終わったあと、30分好きな音楽を聴いてから帰宅する。そうやって少しだけ自分を大切にすることで、いつも穏やかに笑顔で過ごすことができる。
「このお店が、お客さんにとって、そんな息抜きの場所になっていたら嬉しいですね。Waffle Coffeeに寄ってから帰ったことで、家でもニコニコ過ごせたと言われるような場所に」
コーヒー屋で働く人たちが、みんないい顔をしていたんです
関さんは、千葉県柏市の出身。20代前半の2年間を、学生としてロサンゼルスで過ごした。音楽に熱中し、レコードを買いあさる日々。そして帰国後は、ミュージシャンとしてCDを出す傍ら、会社員としてのわらじも履き、仕事を続けてきた。そんな関さんが移住を考え始めたのは、2011年ころのことだ。きっかけは大きく二つある。
「そのころ、ワーゲンに乗って日本を一周したいと言っていた祖父や、アメリカを横断したいと話していた母などの身内が、立て続けに亡くなってしまって。やりたいことは後回しにせずに、今を大切に楽しく生きなくては、と強く思ったんです」
もう一つは、会社員の仕事で、壁にぶつかっていたことがある。
「僕は、自分で言うのもなんですが、会社員としては本当に仕事ができなくて。自分では頑張っているつもりでも、いつも年下の上司に怒られていました」
当時も、しょっちゅうアメリカを訪れていた関さんは、滞在中、よくコーヒーショップに立ち寄っていた。
「コーヒー屋で、働いている人たちの顔を見ると、チェーン店で働く人たちよりも、個人でお店をやっている人たちのほうが、みんないい顔をしていたんです。やらされているのではない。ニコニコ楽しそうに仕事をしている。そんな姿を目にして、自分も好きなこと、得意なことで勝負しようと決意しました」
コーヒーは、もともと好きで、自分で工夫しながら淹れていた。焼き菓子やケーキは、日本ではなかなかアメリカで食べた味に出会えず、ないなら自分でつくろうと家で焼いていた。器やアンティークも好きで集めていて、自宅はDIYで改装していた。
「そうやって、自分が情熱を注げるものを集めていったら、自然と今のコーヒーと焼き菓子のお店にたどり着きました」
NYのブルックリンのような、ポテンシャルを感じて
お店を開く場所を探して足利市なども見て回ったが、佐野市を選んだ理由は、「適度に街で、適度に田舎で、交通の便もいい」ところ。奥さんの実家の群馬県館林市に隣接しているところ。「佐野の人は穏やかで、やさしい」ところなどが決め手に。
「うまく言えませんが、なんか好きだなぁって感じて。ここが、自分たちの暮らしにフィットしたんです」
さらに、佐野の街にポテンシャルを感じたのも、大きな理由だ。
「ポートランドやニューヨークのブルックリン、ロサンゼルスのダウンタウンなど、僕がアメリカにいたころには、今のように注目を集める街になるとは、想像もつかなかった。それが、物価や家賃が安いからと、アーティストやクリエイターたちが集まってきて、コーヒーショップや古着屋、レコード屋など、感度の高いお店がどんどん誕生していった。佐野にも、そんなポテンシャルを感じたんです」
このコンビニだった物件は、よく足を運んでいた「自家焙煎 福伝珈琲店」(Waffle Coffeeの2軒隣で、コーヒー豆は福伝珈琲店から仕入れている)の店主が紹介してくれた。それを、約1年かけてDIYでリノベーション。1900年代初頭の古き良きアメリカの空気に満たされた、Waffle Coffeeが誕生したのは、2016年4月のことだ。
佐野の居心地が良すぎて、家も買っちゃいました
「こないだ気づいたら、『きな粉のマフィン』をつくっていて。これはそろそろアメリカに行かなくちゃダメだなと思って(笑)」
そう話すように、関さんは今でも定期的にアメリカを訪れ、ベーカリーやコーヒーショップを巡り、実際に食べておいしいと感じた焼き菓子やケーキを、甘さやスパイスを少し抑えるなど、日本人の口に合うようにアレンジして提供している。素材は、娘さんにも安心して食べさせられるものを基準にセレクト。フルーツなどの盛り付けは、あえて綺麗に行わず、アメリカのラフな雰囲気を再現している。
「そうやってつくった焼き菓子を、おいしいと言ってもらえたとき、喜んでもらえたときが、何よりも嬉しいですね。また、お客さんから『福伝さんとうちと、今日はどっちに行こうかと迷えるのがありがたい』と言ってもらえたときも嬉しかった。そうやって訪れるお店の選択肢が、もっともっと佐野に増えていったらいいですね」
お店を訪れる若い人たちから、「自分もお店を開きたい」と相談をされることもある。
「そんなときは、『佐野は東京などの都市部に比べて家賃が安く、クリエイティブなことにも挑戦しやすいんだから、どんどんやるべきだよ!』って、もう何人もの背中を押しています」
さらに週末には、若い人たちがお店に来やすいよう、同世代の若いスタッフに、なるべくお店に立ってもらうようにしている。
「そうやって微力ながらも応援していくことで、若い人たちが新たなお店を立ち上げ、また次の世代の子たちの背中を押して……と、佐野に魅力的なお店が、どんどん増えていったら楽しいだろうなって」
実は、関さんは、佐野市内に1960年代に建てられたプール付きのもと別荘を格安で購入し、現在、自宅へとリノベーション中だ。
「これこそが、まさに佐野の住みやすさの証! この街が気に入らなければ、家は買わないですから(笑)」
PROFILE
Waffle Coffee 店主
関 恒介さん
千葉県柏市出身。学生時代の約2年をロサンゼルスで過ごし、帰国後はミュージシャンとしてCDを出す傍ら、会社員としても働く。その会社を退職し、家族で佐野市へ移住。約1年かけて自らの手で、アメリカのアンティークなどを生かしながら物件を改修し、2016年4月に「Waffle Coffee」を開店。開業にあたっては、佐野市の空き店舗活用の助成制度も利用した。「佐野へ移住してから、夫婦喧嘩がすっかり減りました。家族が幸せに、心穏やかに過ごすことができる。それが一番重要だと思っています」(関さん)。
●Waffle Coffeehttps://www.facebook.com/Waffle-Coffee-474942906023935/
取材・文:杉山正博 写真:アラタケンジ