長く愛される、普遍的な美しさを形にしたい
工房におじゃますると、ちょうど茨木さんが土をこね、作陶の準備をしているところだった。新しいものなのに、何十年と時を重ねたような味わい深い質感やフォルム、水色やグレーなどの美しい色合いが魅力の器たちは、一つずつ手びねりでつくられている。
「ロクロよりも、地道に手びねりで成形していくほうが、自分には合っているんです」
新潟県の出身で、文化服装学院で服飾デザインを学んでいた茨木さんが陶芸の道に進んだ理由にも、じっくりものづくりに向き合いたいという同じ思いを感じた。
「どんどんトレンドが移り変わっていく、ファッションデザインのサイクルの速さに違和感を感じて。もっと長く愛されるものづくりがしたいと思うようになったんです」
こうして文化服装学院を卒業後、1年かけて資金を貯め、岐阜県の多治見市陶磁器意匠研究所に入学。2年にわたり陶磁器のデザインを学んだ茨木さんは、多治見の焼き物メーカーに就職し、そこで働きながら自身の作品も製作する日々を過ごしていた。けれど、当たり前だが、最初から現在のような作品がつくれたわけではなかった。
「私は、古代ペルシアやギリシアなどの美術が好きで、展覧会に行くと感動して、わーって舞い上がってしまうほどなんです。その“根源的な美しさ”を、なんとか形にしたいと試行錯誤を重ねて、ようやく目指す色合いや質感が表現できるようになってきたのは、意匠研究所を卒業して5、6年が経ったころからです」
ヨーロッパから国内まで、各地で作品を発表
ちょうどそのころ、二つの大きな転機が訪れる。一つは、作品の販売について。2013年に、パリにある有名なセレクトショップ「Merci(メルシー)」のバイヤーが多治見を訪れたとき、茨木さんの作品が目にとまり、同店で扱ってもらえるように。それをきっかけに、デンマークやイギリスなど、ヨーロッパ各地で作品を発表し、スウェーデンで個展も開催。国内でも全国各地で個展を開くなど、活動の場が広がっていった。
さまざまなクラフトフェアにも出展していた茨木さんだが、ある年の「クラフトフェアまつもと」に参加したとき、事情があり開催時間に遅れてしまった。出展場所が、来た順番に埋まっていくなかで、最後まで空いていたのが木陰の小さなブース。そのとき、たまたま隣になったのが、山根さんだった。
「僕はギターが直射日光に当たらないように、あえて木陰を選んで出展していたんです」(山根さん)
この偶然の出会いがきっかけとなり、二人は2015年に結婚。茨木さんは、山根さんの地元である佐野市に移り住むことに。これが二つ目の大きな転機だった。
自然も街も身近にそろうのが佐野の魅力
現在、茨木さんは、ご主人の山根さんと長男(5歳)、長女(3歳)の家族4人で、佐野市に暮らしている。佐野で生活して実感するいちばんの魅力は、冒頭にも書いた「ちょうどよさ」だ。
「佐野は、身近に自然が豊富にありながら、生活に必要なものは近くでなんでも手に入り、交通の便もいい。ちょうどいいバランスで、本当に住みやすいんです。『佐野市こどもの国』などの大きな公園から、唐沢山や美しい川まで、子どもたちと出かけられる場所もたくさんあって、子育てがしやすいところも魅力ですね」
この日は、関東平野を一望する唐沢山の山頂へ出かけた。唐沢山は、山根さんがよくランニングに訪れる場所。茨木さんは、唐沢山の近くの浅間山山頂から松明を持って山を降りる「浅間の火祭り」にも、参加したことがあるという。
一方で、東京へのアクセスの良さも、大きなポイントだ。高速バスで、約1時間30分で都心まで出られるので、美術館の展覧会に出かけたり、ギャラリーを巡ったりと、インプットなどを目的にフットワーク軽く訪れることができる。
「交通の便がいいので、友達もよく遊びにきてくれます」
人との出会いが、新たなチャレンジの刺激に
佐野に移り住んでから巡り合った“人”も、大切な財産になっている。例えば、今年80歳になる陶芸の先生は、足利市の山奥に薪窯をつくり、主にお茶の道具などを教室の生徒たちと10日間かけて焼き上げている。
「私は、作品の幅を広げたいと思い、ロクロを習いに通っています。先生は技術だけでなく知識もとても深く、茶道の道具のことや薪窯のことなど、たくさんのことを教わっています」
人との縁が刺激となり、ものづくりの本質的な部分に向き合い、新たなチャレンジをしていきたいと感じるように。ご主人の山根さんも、そんなプラスの影響を与えてくれる一人だ。
「彼のものづくりの姿勢は本当に真面目で、1本のギターをコツコツと3カ月ほどかけて、丁寧につくり上げるんです。私も、じっくりと製作に向き合い、日々を豊かにする器を、これからも目指していきたい」
PROFILE
陶芸家
茨木伸恵さん
新潟県出身。文化服装学院で服飾デザインを学ぶ。卒業を目前に、たまたま訪れた奈良の「富本憲吉記念館」(現在閉館)で、陶芸家で人間国宝にも認定された富本憲吉のものづくりへの姿勢に感動し、陶芸の道を志す。多治見市陶磁器意匠研究所で陶磁器デザインを学び、卒業後は陶磁器メーカーで働いたり、多治見市内の中学校などで陶芸の授業を担当したりしながら、自分の作品も製作。2013年から、フランスのパリをはじめ、デンマークやイギリスなどヨーロッパで作品を発表。2018年にはスウェーデンで、2019年はアメリカのニューヨークで個展を開催。国内でも、各地で個展などを行う。