農業で町を盛り上げる
柴 美幸(しば みゆき)さん
日常の風景に魅了されてこの地へ 小学生の頃から「カメラマンになりたい」と考えていたという柴さん。栃木県内の高校を卒業し、都内の写真専門学校へ。その後、カメラマンとして様々な分野で経験を積み、30歳で独立した。 「仕事は順調でしたが、帰って寝てまた仕事という日常。例えば“趣味は?”と聞かれても答えられなかったんです。それって幸せなのかな・・・と考えてしまって。写真を撮るのは好きなのに、なんか違うなって。そんな時、市貝町役場に勤める友人に誘われて初めて市貝町を訪れました。それが転機になったんです」 目にしたのは観光名所でもオシャレなお店でもなく、市貝町の日常の風景。しかし、ありのままの里山の景色こそが、柴さんの心をとらえた。 「当時の働き方や今後の生き方についてその友人に相談した際に、“移住して仕事も栃木でしたいなら、地域おこし協力隊という制度もあるよ”と教えてもらいました」 “自分が身を置きたい場所で、やりたいことができそう”と感じ、協力隊として栃木県へ戻ることを決意。2017年10月、市貝町の地域おこし協力隊としての活動がはじまった。 町のみんなに喜んでもらえることを 活動内容はフリーミッションだったので、自身の武器である写真を軸に、観光プロモーション、観光協会会員向けの特産品の撮影、町民向けの写真講座などに携わった。写真を通じて、町のことを良く知ることができ、町民の方と広く知り合えるきっかけにもなったという。 「ただ、これまでプロとして働いてきたので、無料でいくらでも撮るよ、といった安売りはしませんでした。それによって仕事量の調整もできましたし、卒業後も継続して仕事をいただけているので、正しい判断だったと思います」 プロとしてのマインドを持って活動していた柴さんだが、以前の働き方と大きく異なったのは“定時”という概念だった。 「仕事を終えて帰宅しても、夜なにもすることがなかったんです。ふと、町の子どもたちはどう過ごしているんだろう?と考えて。この町で何か楽しい思い出ができれば、きっと町が好きになるし、将来戻って来たくなるんじゃないかって思ったんです」 そこで思いついたのが、野外シアター。お盆休みやハロウィンの時期に、役場の前に広がる芝生広場に大きなスクリーンを張り、ファミリー向けの映画を上映した。 「人が来るのか不安でしたが、いざ上映時間になると、この町にこんなに子どもがいたの!?と驚くほど集まって。みんなの笑顔が今でも忘れられません」 悔しい思いを乗り越えて今がある 市貝町観光協会を拠点に活動することも多かった柴さん。その時、新たに着任した事務局長の存在がとても印象的だったという。 「次から次へと新しい試みをはじめられて、“この町が変わる”という予感をひしひしと感じました。私だけでなく、多くの町の人が期待しているのが、手にとるようにわかりました」 その試みのひとつが、市貝町の情報誌『イチカイタイムズ』の発行。柴さんも企画や撮影など全面的に取り組んでいた。 しかし、協力隊2年目の終わり頃、事務局長が退任することに。 「私がその役割を引き継いでいければ良かったのですが、その時はまだ力が及ばず・・・。せっかく町全体の機運が高まっていたのに、みんなが落胆してしまいました。その後『イチカイタイムズ』の発行も打ち切り。本当に悔しかったです」 任期中、ゲストハウス運営にも真剣に取り組んだが、断念した経験もある。 3年間という活動期間は、うまくいくことばかりではない。そんな時、柴さんは初心に戻り、カメラに没頭する。すると、また気持ちを持ち直し、次へのチャレンジに向かっていけるのだという。 「挫折も色々味わいましたが、活動を通して学んだのは、道は1つではないということ。選択肢はたくさんあるので、可能性があることには何でもトライしてみるといいと思います。違うと思ったらやめればいい。動けば、何かしら広がりはあるので、まずは動くことが大事ですね」 卒業後に広がった人とのつながりと農への道 市貝町は主要産業が農業であることから、農家さんとの交流も多かった。 「活動中に自分が直接農業に携わるという機会は少なかったですが、卒業後に農に携わるご縁をいただくことが増えました」 市貝町のグリーンツーリズム事業『サシバの里くらしずむ』の企画、道の駅の移動販売『ピックイート』の運営、隣接する益子町の農と食に関する広報物製作、農業生産や加工品生産に取り組む『YURURi』の活動など、協力隊の活動中につながったご縁や、やってみたかったことが卒業後に形となっており、その範囲は市貝町にとどまらず広がりをみせている。 「私の実家は栃木県真岡市でいちご農家をしています。出荷できないいちごの行き場を探っていた時に、農や食をテーマに別の町で協力隊として活動していた友人と『YURURi』というチームを結成し、いちごジャムを作りはじめました」 現在は益子町の畑を借りて、加工品の原材料となる農作物を作っている。 「夏場は畑の作業が多いのですが、そのとき必ず立ち寄るのが益子町にあるカフェ『midnight breakfast』です」 畑からほど近く、コーヒースタンドなので気軽に入りやすい。何より、店主の早瀬さんは元地域おこし協力隊員で、柴さんの幼なじみでもある。お互い一度は県外に出たが、時を経て再び益子町で交流を深めている。 お店ではできるだけ地元産の食材を使用していることもあり、農作物の話や畑の進捗など、作業の合間のお喋りを楽しむのが日課となっている。 そして市貝町で無農薬・無化学肥料で育てた野菜や果物でジャムやピクルスを作る『ぴーgarden』さんとも、協力隊卒業後に、より交流が深まったという。 「『YURURi』で加工品を作るにあたり、いろいろ相談に乗ってもらいました。そうするうちに仲良くなって、今では何か悩んだり、話を聞いてもらいたいときにふらっとお茶しに来てます」 ちょっとした息抜きの時間が、新たな活動のヒントになったり、新たな人とのつながりが生まれることも。柴さんにとって、とても大切な時間となっている。