POINT.01
全国でも有数の充実した医療環境
壬生町には栃木県内最多の病床数を誇る獨協医科大学病院があります。
高度な医療を提供する「特定機能病院」に指定された、地域医療の中核を担う総合病院です。
隣接する下野市には、県内第2位の病床数である自治医科大学附属病院もあります。
壬生町は人口10万人当たりの医師数が全国4位、人口10万人当たりの看護師数が全国5位となっており、安心して暮らせる医療環境が魅力です。
壬生町(みぶまち)は栃木県央南部にあり、東は下野市、西は栃木市、南は小山市、北は鹿沼市と宇都宮市に隣接しています。
比較的大きなまちに囲まれているので、交通アクセスが良好です。東武鉄道東武宇都宮線がまちを南北に走り、町内には壬生駅・国谷駅・おもちゃのまち駅・安塚駅の4つの駅があります。
また、北関東自動車道が東西に走り、壬生ICが整備されるなど、車での長距離移動も大変便利です。
壬生町には全国的にも珍しい「おもちゃのまち」という地名が存在しています。
かつて玩具工場の一大拠点だったこのまちには「おもちゃのまちバンダイミュージアム」「壬生町おもちゃ博物館」などがあり、おもちゃやアニメの発信基地となっています。
Basic data of mibu
人口 | 38,473人 |
---|---|
世帯数 | 16,391世帯 |
総面積 | 61.06㎢ |
東京からのアクセス |
公共交通機関をご利用の場合
自動車をご利用の場合
|
イメージキャラクター | みぶの妖精ミーナ、壬雷ちゃん |
公式ホームページ | http://www.town.mibu.tochigi.jp/ |
UIJターン窓口 |
壬生町総務部総合政策課TEL:0282-81-1813 |
壬生町には栃木県内最多の病床数を誇る獨協医科大学病院があります。
高度な医療を提供する「特定機能病院」に指定された、地域医療の中核を担う総合病院です。
隣接する下野市には、県内第2位の病床数である自治医科大学附属病院もあります。
壬生町は人口10万人当たりの医師数が全国4位、人口10万人当たりの看護師数が全国5位となっており、安心して暮らせる医療環境が魅力です。
壬生町には、昭和30年代後半に玩具メーカーが中心となって形成した工業団地「おもちゃ団地」が由来となって誕生した、「おもちゃのまち」があります。
等身大のガンダム胸像をはじめとした貴重なバンダイコレクションが展示された「おもちゃのまちバンダイミュージアム」や大型遊具やおもちゃで遊びながら学べる「壬生町おもちゃ博物館」など、子どもも大人も楽しめるスポットが集まっています。
アニメファンの投票によって選ばれる「訪れてみたい日本のアニメ聖地88」(アニメツーリズム協会主催)にも、第1回から6年連続で選出され、アニメファン憧れの地になっています。
壬生町は平坦な地形と思川・黒川・姿川の豊かな水資源に恵まれ、農業が盛んに営まれています。
なかでもかんぴょうの主産地として、全国一を誇る栃木県の生産量を支えています。
近年は、かんぴょうの原料となるユウガオの実をくりぬいて作ったジャック・オ・ランタンを飾るイベント(ふくべたちのハロウィンナイト)も行っています。
栃木県を代表するイチゴである「とちおとめ」「とちあいか」の栽培も盛んです。
道の駅みぶには、地元農家から新鮮野菜が毎日届く直売所や壬生産いちごを贅沢に使用したスイーツを楽しめるフルーツパーラーなどがあり、壬生町の豊かな食に触れることができます。
みぶの日フェア
しののめ花まつり
八坂祭
壬生ふるさとまつり
健康福祉まつり、ふくべたちのハロウィンナイト
壬生町総合産業まつり
ゆうがおマラソン大会
おもちゃ博物館お正月特別開館
昭和56年の建築基準法改正前に建てられた木造住宅の耐震化を支援するため、補助事業を下記の通り実施しています。
1.耐震アドバイザー派遣 無料
2.耐震診断士派遣 無料
3.総合耐震改修 補助限度額 100万円(補強計画策定と耐震改修費用の2分の1以内)
4.耐震建替 補助限度額 100万円(耐震改修費用相当分の2分の1以内)
※建替え後の住宅が木造であり、10㎥以上の県産出材を使用する場合、10万円の加算措置があります。
空家バンクに登録された物件について、所有者もしくは入居者(入居予定者)がリフォーム工事や家財処分を行った場合、補助対象工事費の一部を補助します。
(補助金は1住宅につき1回限り。1申請者につき1回限り。事前申請が必要です。)
<金額>
・補助対象工事費の2分の1
・リフォーム工事費上限額:50万,家財処分費上限額:10万
[例]200万の工事を行い、うち150万円が補助対象として認められた場合、150万の2分の1は75万のため、上限額である50万の補助が受けられます。
<条件>
次のすべての条件を満たすことが必要です。
・居住部分のリフォーム工事もしくは家財処分であること
・町内に事務所もしくは事業所を有する法人または住所を有する個人事業主に請け負わせること
・家財処分にあっては、一般廃棄物処理等の許可業者であること
・売買契約書もしくは賃貸借契約書の写し等を提出できる状態にあること
・経費の総額がリフォーム工事20万円以上、家財処分5万円以上であること
市街化区域と市街化調整区域の隔たりの無い均衡あるまちづくりを推進するため、平成25年度から都市計画税の課税「ゼロ」がスタートしました。
都市計画税の課税「ゼロ」につきましては、住民の皆様の負担軽減はもちろんですが、同時に、人口を維持・増加させるための、効果的な施策の一つとして実施しているところです。
壬生町の子育て情報が集約した冊子の提供。
・不妊治療)不妊治療にかかる検査及び治療費(保険診療・保険外診療問わず)の1/2の額を助成します。
1年度あたり上限10万円で通算3年。国及び県、その他制度による給付があるときは、その給付額を差し引いた額の1/2の助成となります。
・不育治療)不育治療にかかる検査及び治療費(保険外診療のみ)の1/2の額を助成します。
1年度あたり上限30万円。国及び県、その他制度による給付があるときは、その給付額を差し引いた額の1/2の助成となります。
0歳児クラスから2歳児クラスまでの子供たちについて、すべての第3子以降は保育料が無償となります。
母子健康手帳と一緒に妊婦健康診査受診票(14枚・多子妊娠の場合は7枚加算)、産婦健康診査受診票(2枚)、新生児聴覚検査受診票(1枚)及び妊産婦歯科健康診査受診票(1枚)が交付されます。各受診票を窓口で利用すると、費用の一部が公費で負担され自己負担が軽減されます。
母子健康手帳をもらった月から出産翌月末までにかかる保険診療分の医療費について助成。※妊婦健診費用は対象外
高校3年生相当(18歳到達最初の3月31日の方)までのお子さんの医療費(健康保険が適用された医療費の自己負担分)を全額助成しています。県内の医療機関を受診される際には、直接助成が受けられるため窓口負担がありません。(県外で受診された等の場合には申請が必要です。)
☆住所や加入保険など登録内容が変更になった場合には、届出が必要ですので窓口までお越しください。
高校3年生相当(18歳到達最初の3月31日の方)までのお子さんの医療費(健康保険が適用された医療費の自己負担分)を全額助成しています。平成27年4月1日より県内の医療機関を受診される際には、直接助成が受けられるため窓口負担がありません。(県外で受診された等の場合には申請が必要です。)
☆住所や加入保険など登録内容が変更になった場合には、届出が必要ですので窓口までお越しください。
中小企業者の経営の安定化を図るため、信用を補完し、低利で有利な融資を受けられるように設けられた融資制度。
設備等合理化資金、経営改善資金、景気対応資金(売上減少)、景気対応資金(災害関連)、創業資金、小規模企業者資金、事業承継支援資金
町内立地企業の雇用確保及び定住の促進を目的とし、町内立地企業に就職して町内に移住してきた方に対して支援金を交付します。
下記の要件に該当する対象者 ※1年間において町に居住実績がなく、転入以降1年以上町に居住する意思のある方 ・町内の企業に就職
・転入で賃貸住宅(社宅・公営住宅等を除く)に住む方
・1人に対し1回に限り 20万円支給
申請締め切り:令和6年3月31日(金)
空き店舗等を活用した店舗を開業しようとする者に対し、必要な経費の一部を補助することにより、魅力ある町並みをつくり、
まちなかの賑わいを再生することで地域経済の活性化を図る。
対象地区内の空き店舗で開業する事業者向け(飲食業、小売業、サービス業等まちなかのにぎわいに資する事業に限る)
(1)改装費
[補助内容]
・店舗の改装及び設備に要する費用(当該店舗において行う事業に必要な範囲内のものに限る。)
・住宅部分を有する物件では、住宅部分と店舗部分を明確に区分するための工事に要する費用
[補助率等]
・補助対象経費の2分の1(上限100万円)
(2)家賃
[補助内容]
・店舗等の賃借に要する費用(店舗兼用住宅である場合は、店舗及び住宅の面積に応じて賃借料を按分して算出するものとする。
敷金、礼金その他これらに類するものを除く。)
[補助率等]
・営業開始の日から12か月分の家賃の2分の1(月額5万円を上限)
一定の条件を満たす新規就農者に農業用機械導入経費の一部助成行う事業(アグリサポート事業)
石毛葉子さん
Uターンによって始まったテレワーク 石毛さんのテレワーク生活は、2019年11月、神奈川県鎌倉市から壬生町へUターンしたタイミングでスタートした。 鎌倉に住んでいた時は自宅から15分ほどの職場に通い、同じ職種の仲間たちとリペア作業に取り組む日々。7年ほど働いたタイミングで、次へのステップアップを意識し始め、考えたのが地方への移住だった。 鎌倉での暮らしは、周囲にアーティストや作家なども多く、刺激を受ける日々ではあったものの「東京よりも田舎に住むのであれば、別に鎌倉ではなく地元でもいいのでは」と思うようになったという。四国、九州など、友人が住む場所を軸にさまざまな地域も検討したが、最終的には土と水が合う地元・壬生町へのUターンを決意。 職場にはこれまでテレワークの前例がなかったため、転職も考えたが、「テレワークしながら続けてみたら」と会社からの勧めもあり、拠点を壬生町へ。実家の一室を作業場として、石毛さんのテレワークが始まった。 「今がちょうどいい」仕事とプライベートのバランス 移住して一年が過ぎた石毛さん。 一番大きく感じる変化について、「仕事と並行して自身のブランド『YOGE』の活動もしているので、鎌倉に住んでいた時は何とかして自分の活動を発信しないと!見つけてもらわないと!という思いで、常に背伸びして頑張っていました」と語る。仕事と『YOGE』の活動のバランスがうまく取れず、悩むこともあった。 「あれだけ肩肘張って踏ん張っていたのに、栃木に戻ってきたら、そういったことが全く無くなって。背伸びしなくても、自然と誰かが手招いてくれて、人と人との繋がりがどんどん広がっていくんです」。 隣町の栃木市では定期的に個展を開催する場所も見つけた。栃木市でのご縁はプライベートでも広がり、今や遊びに行く場所は栃木市になりつつある。そこでの友人を通じた出会いで茨城県在住の作家とも仲良くなり、茨城で開催するイベントでも作品を販売できるようになった。2020年12月には茨城の作家仲間と共に個展を開催し、更に輪が広がったという。 「無理せず、常に等身大でいられるようになったのは、栃木に戻ってきてからです。今は理想と現実のバランスがちょうど保たれていて、本当に戻ってきてよかったなぁと思います」。 テレワークを機に変化したワークスタイル 今だからこそ当たり前のテレワークだが、石毛さんがテレワークを始めたのは2019年11月。職場でのテレワーク第一号だったこともあり、色々なことが手探りだったという。 しかし2020年春の自粛期間を経て少しずつ職場のテレワーク化が進む中で、実践者として同僚にアドバイスすることもあるそうだ。 アドバイスとして必ず話題に上がるのが、テレワークに必要なアイテム。石毛さんはテレワークを始め、2つのアイテムを購入した。 1つは手元を明るく照らすデスクライト。細かい作業の多いリペアには必須アイテムだという。そしてもう1つはオンラインミーティングや友人との会話用に購入したリングライトだ。 「リングライトを購入したのは最近ですが、使用すると顔色が全く違います。画面映りが良いと、ミーティングも前向きに参加できる気がするのでおすすめですよ!」 テレワークは、自分のペースで仕事に取り組むことができ、仕事に集中できるため、自分には合っていると話す石毛さん。 勤務時間は9時間(途中で休憩1時間)だが、始業のタイミングは調整できるので、朝、家の周りをウォーキングして、外の空気を吸ってから仕事に取り組むことが日課になったそうだ。 また、気分を上げるために部屋にお気に入りの花を飾ることも、テレワークをきっかけに始めた。 「部屋にこもっての作業になるので、自分の好きなものや気分転換できるものを部屋に取り入れることは大切だと思います」とアドバイスしてくれた。 テレワークを実践する上で意識していることは「自己管理がとても大切です。テレワークって自由と責任で、自分の思うように動けますが、その分結果も残さなければいけません。個人事業主のように作業効率を意識して取り組んでいます。また、積極的に自分で情報を取りに行くことも大切です。入ってこない情報もどうしてもあるので、抜け落ちがないよう、職場の仲間とはこまめに連絡を取り合っています」。 何かあれば職場のメンバーとすぐやり取りできる環境は整っているが、やはり実際に会ってやり取りしたいと思うこともあるという。仕事の進め方や効率という点ではテレワークはとても合っているが、オフラインに比べてコミュニケーション不足になりがちなのは「テレワークあるあるだね」と仲間とも話している。テレワークにおいても円滑なコミュニケーションをとる方法を模索中だ。 テレワークを通じて、叶った夢 石毛さんには、テレワークが始まったことで叶った夢が2つあるという。 1つは念願の畑仕事ができたこと。鎌倉に住んでいた頃から、ずっとやってみたいと思いつつ、近所で畑を見つけることができず諦めていたという。 栃木へUーン後も、週末は東京や鎌倉に行って過ごすことが多かったが、移住して4ヶ月ほどで新型コロナウィルスが流行し始め、しばらく県外に行けなくなった。週末も基本的に栃木に居られるようになったため、自粛期間にいよいよ畑仕事に取り組むことにしたという。 「父が持っていた土地があり、試しに畑にしてみたらとても良い土だったんです。初年度にも関わらず夏にはたくさんの野菜が収穫できました。今では父の方が野菜作りに熱心になってしまって、一緒に本を読んで研究しながら、いろんな野菜を育てています」。 最近では近所に住む友人も、石毛家の畑で野菜を育てるようになり、お互いに収穫できた野菜を物々交換することも。「畑仕事をきっかけにいろんな人と、いろんな楽しみが広がっていますね」。 もう1つの夢は、子どもたちにリペアの魅力を教えることだ。縫製というと、服を作る方に光が当たりがちだが、自身が誇りを持って取り組むリペアはカッコいい仕事だということを、若い世代に伝えたいという。 「つい先日、小学生向けに洋服のお直し会を開きました。ほつれたり、穴があいてしまった洋服を持ってきてもらい、自分で可愛くリメイクしてもらうイベントです。みんな、すごく楽しんでくれました」。 後日、イベントを開催した話を、以前お世話になった上司に報告した。すると、「夢が叶ったんだね、おめでとう!」と言われたそう。 「私もすっかり忘れていたのですが、何年も前に『いつか学生にリペアを教えたいんです!』って目をキラキラさせながら語っていたそうで(笑)。何年か越しに、地元で夢を叶えられて嬉しいなって、その時すごく思いました」。 テレワークを通じ、ワークスタイルとライフスタイルの変化によって実現した2つの夢。 いずれも栃木というフィールドで、石毛さん自身に心の余裕ができたタイミングだからこそ、自然であり必然と叶った夢なのかもしれない。 そんな石毛さんには、次の夢がある。 「場所づくりがしたいです。自分がここにいるよ、と言える場所。作業場でもあり、友人たちが気軽に訪ねて来られるような場所がほしいなと思っています。そこで、モノづくりの楽しさや、リペアの魅力を伝えていけたらいいですね」。 いつか叶えたい夢、皆さんはありますか。 もしかすると、テレワークを機に、栃木で叶えられる夢があるかもしれません。 栃木でテレワーク、はじめてみませんか。
髙山 毅さん
代々商売をしてきた壬生の地で、暮らしと営みを 左は米穀店だったころの法被、右は「壬生町史」。 「これを見てください」と髙山さんが開いてくれたのは、明治の頃、壬生の町内にあった商店の名が記録された「壬生町史」だ。そこには、鍛冶屋、薪炭商、桶屋、左官などがずらりと並ぶ中で、「銅鐡打物商」として髙山さんの曽祖父の名と屋号紋が記されている。当時の屋号紋は、「澤デザイン室」の上澤裕一さんによってリデザインされ、山十設計社のロゴ(下写真)として、今も受け継がれている。 現在、髙山さんのアトリエと住まいがあるこの場所は、壬生城址にほど近い中心市街地にあたり、髙山家では代々この地で商売を手がけてきた。 「曽祖父が金物商、祖父がお米屋、父が紙器と、生業はそれぞれ違うのですが、代々ここに暮らし、商売を営んできました。だから、私もこの地を受け継ぎ、ここで生活しながら仕事をするというのが、自然なこととして頭にあったんです」 髙山さんは一人っ子で、両親が年齢を重ねてから誕生した子どもだったため、親の介護をする時期もおのずと早いだろうと自覚していたことも、Uターンを選んだ理由の一つだった。 顔が見える関係を大切に、地域ならではのつながりを 山十設計社のホームページを開くと、次のようなメッセージが記されている。 「衣・食・住の縮図である“家”づくりを通じて、モノと人が循環する地域ならではの『地縁』を紡いでいきたい――」 こうした髙山さんの思いのルーツも、生まれ育った壬生町にある。 「例えば、昔は、先ほど見てもらった鍛冶屋や桶屋などの商店が並んでいて、近所のお店で買い物をしたり、馴染みの職人さんに仕事を頼んだりというのが、日常だったと思うんです。私は今でも、おいしいものを食べたいときは行きつけのお店で店主とおしゃべりしながら味わったり、車のメンテナンスは同じ整備士さんにずっとお願いしていたり、顔が見える関係を大切にしています。そんな地域の豊かな人のつながりを、家づくりを通じて再び育んでいけたらと考えているんです」 近くにあるイタリアン・レストランの「Fill kitchen」(フィルキッチン)にて。 その挑戦の一つが、この土地の風土や気候に適した、つくり手の顔が見える道具や素材を発信する「てびき」という取り組みだ。 髙山さんは、家は建物だけでは完成しないと考えている。丁寧な暮らしを楽しんでいきたいと思ったとき、家という器だけでなく、そこで使う道具や、ふだん食べるものなど、衣・食・住すべての要素が大切になってくる。 「かぬちあ」の中澤恒夫さんによるタオルハンガー。 だからこそ、様々なつくり手と山十設計社のプロダクト「てびき」では、那須塩原市の金工作家「かぬちあ」の中澤恒夫さんが手がける靴べらやタオルハンガー、フックをはじめ、益子町に2015年に創業した手仕事集団「星居社」がつくる今の暮らしに馴染む神棚などを、自社のホームページで発信。それだけでなく、佐野市で90年以上続く「日本プラスター」の漆喰などの素材も紹介している。 「ただ、これらはオンラインでは販売していなくて。家づくりなどを通じて、顔が見える関係になった方だけに提供しています。それは、やはり山十設計社で建てる家をきっかけに、豊かな『地縁』を広げていただきたいと考えているからです」 刺激を与え合う、異業種のつながりから生まれた「octopa」 「octopa」の4人。左から上澤さん、髙橋さん、髙山さん、荒井さん。 もう一つ、目指すベクトルが同じ異業種の人たちとのつながりを大切に始まった取り組みが、「octopa」(オクトパ)だ。宇都宮市で「古道具あらい」を営む荒井正則さんと、芳賀町で「mikumari」という名のカフェを開く髙橋尚邦さん、那須烏山市を拠点に活動するグラフィックデザイナー「澤デザイン室」の上澤裕一さん、そして髙山さんの4人がメンバー。古き良きものを、衣・食・住をテーマに今の暮らしに馴染むものとして再現し、“フルダクト”として提案している。 「例えば、アームライトやミシン椅子など、デザイン性に優れたアンティークをリプロダクトしたものだったり、昔ながらの保存食にヒントを得たソースや調味料の瓶詰めだったり、4人それぞれの得意分野を生かして、現代に合うものとしてつくり出しています」 また、octopaとして、これまでに日本最大級のアンティーク・マーケット「東京蚤の市」に出店するほか、黒磯の「1988 CAFE SHOZO」や益子町の「スターネット」などのカフェでも、食とクラフト、アンティークをテーマにしたイベントを開催してきた。現在では、古道具あらいに併設された建物で、「オクトパ食堂」をオープンし、瓶詰めのソースや調味料を生かした料理を提供している。 地域に根ざす喜びを実感する日々 一方、暮らしの面では、髙山さんは奥さんと二人のお子さん、そして父親の5人で、アトリエに併設された住まいで暮らしている。奥さんも建築士として勤めているため、髙山さんも掃除や洗濯などの家事を分担したり、子どもたちの宿題や、父親の様子を見たりと、1日のなかにこうした仕事以外のやるべきことも組み込みながら行っている。 「今年92歳の父は、だんだんと介護が必要になっていますが、やはり一緒に暮らしている安心感は大きいですね。ふだんの様子がわかるからこそ、どんな介護サービスが必要か、どこの業者に頼もうかなどを、しっかりと検討できます」 2016年に、実家の土地にアトリエと住まいを建築したとき、髙山さんはバリアフリーはもちろん、1階にある父親の部屋の近くにトイレや洗面、浴室などの水回りも配置した。これにより、自宅で父親を介助するときの負担を軽くすることができた。 「実は、この家に暮らし始めて6年ほどの間に、父が倒れて救急車を呼んだことが何度かありました。そのときも一緒に暮らしていたからこそ、倒れたことに気づくことができ、すぐに搬送することができました。その後の通院をサポートできたのも、同居しているからだと感じています」 また、髙山さんは、父親から受け継いだ寺の役員や自治会の班長のほか、子ども会の育成会長など、地域の活動にも積極的に参加している。 「父は直接口には出しませんが、そろそろ私に町内の仕事を任せても大丈夫だと思ってくれたのかなと。というのも、デイサービスのヘルパーさんには、『うちの息子は一級建築士の仕事も、地域のことも頑張っている』と話しているそうなんです。きっと、この家のことも喜んでくれているんじゃないかな」 地域のお祭りなどにも携わる髙山さんは、「子どもの頃、楽しかった夏祭りに、今度は親として子どもたちと参加するなど、地域に根ざすのもいいものだなあと実感しています」と微笑む。 空き家を再生し、現代版の地縁でつながった街をつくりたい 最後に、そんな生まれ育った壬生町で、髙山さんが今後手がけていきたいことについて話を伺った。 「実は、このアトリエの2階はオープンスペースになっていて、ここでいろんな人が得意なことを教え合う、“寺子屋”のようなワークショップを開催できたらと考えているんです」 「ひび学舎」と名付けたこの取り組みのコンセプトは、次のとおりだ。 「使い、壊れ、捨てる」は「使い続け、傷んだら、繕う」に。「買っていたもの」は「育て、つくるもの」に。「古びたもの」は「活かし生きるもの」に。子どもから大人、つくり手も、暮らしに近い事柄を一緒に体験し、暮らしに持ち帰る。そんなきっかけを生み出す場に。 「例えば、『古道具あらい』の荒井さんがアンティークの磨き方をレクチャーしてくれたり、設計を担当させてもらった栃木市の『珈琲音 atelier』のオーナーにコーヒーの淹れ方を教えてもらったり、そんな様々なワークショップが開催できる場所になればと思っています」 レクチャーを行う人は壬生町に限らず、いろいろな地域から招きたいという。 「壬生町は、宇都宮市や栃木市、鹿沼市、下野市などの大きな街に隣接し、どこへでも行きやすく、どこからも来やすい。そんな特性を生かして、例えば、栃木市のコーヒーショップと宇都宮からワークショップに参加した人をつなぐなど、ここを地域と地域、人と人をつなぐ“ハブ的”な場所にしていきたいんです」 様々な地域の人が集うようになれば、いずれ壬生に住んでみたい、壬生でお店を開いてみたいという人も現れるのではないか。現在、壬生の中心市街地では、多くの商店街と同じように、空き家や空き店舗が増えつつある。一朝一夕にはいかないが、そんな空き家を一つひとつ人が暮らし生業を営む場所に変え、明治期の商店一覧で見たような多彩な生業の人が暮らし仕事を頼み合う、現代版の「地縁」でつながった街にしていきたい。それが髙山さんの大きな夢だ。 「街並みとして線にならなくてもいい。点と点が徐々につながっていくような、そんな空き家を生かした新たな試みに、私も自分の生業である建築の分野で携わることができたら最高ですね!」
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